<第九回>

♪知ってる神社を〜、歩いてみたい〜
     ♪どこか近場で〜 (取材を)すませたい〜


キツネ
「もふりもふもふ、ほっほっほー」

 ぼふぼふぼふっ

恭平
「こらこら、尻尾を押しつけてくるんじゃない。
 のっけから、そのテンション高さは何だ?」

キツネ
「んむ。おキツネ神社探訪も、ついに九回目を迎えたでのぅ。
 天狐の尻尾の数と同じではないか。
 やれ、めでたや」

恭平
「嬉しいのは分かるが、
 このコンテンツの閲覧者なんて、三人くらいだろう?」

キツネ
「ぶみっ、それは言わない約束なのじゃ。
 媚びず、おもねず、振り向かず、最終回まで我が道を突き進む。
 それが神吏の心意気」

恭平
「……一介の民間人であるところの、俺の立場は?」

キツネ
「知らぬ」

恭平
「ぐ……!
 今回はキツネの好きには放題させないぞ?
 俺の気の向くまま巡り、建築様式を鑑賞しつつ―――」

彗佳
「うーんとね、彗佳はお菓子の神社に行ってみたいな」

キツネ
「おおう、それなら良き社がある。
 さっそく参詣しようではないか」

彗佳
「うんっ」

恭平
「ど、どうして彗佳がここに?」

彗佳
「キツネさんが、招待してくれたの。
 先週は、先輩達や由美ちゃんだけ好きな所に行って、彗佳が神社を選べなかっただろうって」

恭平
「キツネー!
 さては俺に主導権にぎられるのが不服なもんだから、彗佳を呼んで予防線を張ったな!?
 てゆーか、彗佳にはキツネの姿が見えない筈じゃないか」

キツネ
「たしかに、げーむ本編じゃと、チビッコ(←彗佳)は神吏に感応できぬ。
 じゃが……ほっほっほー、今回は特別じゃ。
 おかたい突っ込みは止めてたも。
 現に、体験版でもワチの勇姿は、娘子等に見えておるではないか?
 まだ体験版をプレイしてないゆーざー諸賢は、是非ともぷれいするのじゃ」

彗佳
「でもでも、お菓子を祀ってる神社なんて、本当にあるの?」

キツネ
「……ま、まいぺーすじゃのぅ」

恭平
「……俺の義妹だからな」

 てくてくてく

   

キツネ
「菓祖神社じゃ」

恭平
「ふーん」

彗佳
「分かりやすいお名前だね」

キツネ
「創建されたのは最近じゃがの、田道間守命と林浄因三命がきちんと祀られておる」

恭平
「へぇーん」

彗佳
「彗佳お参りするねっ」

 ちゃり〜ん
      ぽむぽむ

彗佳
「なむなむ……お菓子作りと同じくらい、お料理の腕前も上達しますように」

恭平
「ほぉーん」

キツネ
「露骨に興味が無さそうじゃのぅ。
 じゃが、ワチは恩返しの大義を忘れておらぬ。
 ほっほっほっー、チビスケよ、隣の社殿をしかと見よ!」

   

恭平
「っっっ!?」

彗佳
「茅葺き屋根の神社? 珍しいね、お兄ちゃん」

恭平
「ぅわ!? は、八角円堂……!」

   

キツネ
「吉田神社大元宮じゃ。
 見ての通り、天神地祇八百万神が鎮―――」

恭平
「す、素晴らしい!
 より正確には八角円堂入母屋造と言うべきか。
 身舎は八角形でありながら、前面には一間の向拝、背面には六角形の後房が認められる。
 つまり身舎背面の柱は五角柱だ!!」

キツネ
「……それは興奮するような事なのかや?」

恭平
「我が妹が着眼したように、茅葺屋根の軒まわりも八角形に整えられている。
 更に特筆すべきは千木だ!」

彗佳
「す、彗佳そんなの言ってないよ?」

恭平
「破風板の先が伸びた千木で、これ自体は珍しくない。
 しかし、よく見てみろ!
 先端が前方は内削ぎ、広報が外削ぎになっている。はあ、はあ、はあっ」

キツネ
「ごちゃごちゃ観察しておるが、
 神威が八方に放光される様をあらわした社殿。それで良いではないか」

恭平
「神なんぞどーでもいい!
 キツネには分からないのか!? この建築様式が、はあ、はあ、は……!
 はおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉおおおおおっっっ!?」

 バタンッ

恭平
「―――」
彗佳
「か、感激のあまり、失神しちゃった」

恭平
「―――」
キツネ
「チビッコよ……こんな兄で、こんな兄で本当にいいのかや? かや?」

彗佳
「いいもん、お兄ちゃんはちょっとアレだけど、多分そのナニだから、ええっと……。
 とにかく、お兄ちゃんを起こさなきゃ。
 キツネさん、どこか素敵な建物のところへ連れて行って」

キツネ
「んむ、義妹と言えどふぉろーできぬのじゃな?
 いきなり大物を見せては、チビスケが気を失うのも道理。
 庶民的なところより、出直そうぞ」

   

キツネ
「ぬんっ、銀―――」

恭平
「銀月アパートメントだ!」

 がばぁっ

キツネ
「ほれ、蘇りよった」

恭平
「スパニッシュ・コロニアル様式だ!」

彗佳
「胡散臭い……」

恭平
「ご近所には―――」

   

恭平
「駒井家住宅だ! アメリカン・スパニッシュ様式だ!」

彗佳
「よく分からないけど、こっちは本当だと思うよ」

キツネ
「のぅ、チビスケは何故こんなものに熱中できるのじゃ?
 社殿にしろ建築ばかりで、肝心の中身や祭儀には疎い。
 単に、毛色の変わった寓居に惹かれておる物好きではないのか?」

恭平
「俺をそこらの俗物と一緒くたに論じるな。
 いいか? 建築様式の変遷ってのは、平安時代や江戸時代といった政治史的な時代区分と必ずしも一致しないんだ。
 ここ! ここ重要だからチェックしとけ。
 前時代の様式がその後も長く踏襲され、復古的に建てられるものもあれば、突然変異的に新様式が導入された事例もある。
 とりわけ、民家の場合は、中央の政治体制や社会情勢の動向に、即座に対応するとは限らない。
 なんと言っても人が暮らすところだ。もっと身近で、多種多様な要因によって暫時発展してゆく。
 その変容過程の様相は、地域・職種・階層ごとに、同時に平面・構造・意匠によって、それぞれ相違が見られる。
 いずれにせよ、大局的に見れば、ゆっくりと、だが確実に変化を遂げるのが、建築の本質的な特徴だ。
 家屋はもちろん、人が集う神社仏閣に至っては―――」

キツネ
「すぴ〜、すぴ〜、すぴ〜」

恭平
「聞けーい! アテナイの者共よー!!」

彗佳
「えへへへへ……お兄ちゃんとキツネさんの性格って、どことなく似てるね」

キツネ&恭平
「「失敬な!!」」

恭平
「……」

キツネ
「………」

恭平
「……ここから少し歩くとだな―――」

   

恭平
「旧外務省東方文化学院京都研究所だ」

彗佳
「え? なに?」

恭平
「旧外務省東方文化学院京都研究所」

キツネ
「おのれっ、長ったらしい名前なら、ワチも負けはせぬ。
 こーーーん!」

 どろろーん

   

キツネ
「ぬんっ、崇富除災不動明王稲荷山法妙常じゃ」

恭平
「は? なんだって?」

キツネ
「崇富除災不動明王稲荷山法妙常」

恭平
「すまない、いっこうに聞こえないんだが」

キツネ
「じゃから、崇富除災不動明王稲荷山法、ガリッ (←舌を噛んだ)
 ぽぎゅぅ!?」

 へろへろへろ〜
           ぽてんっ


キツネ
「―――」

彗佳
「キ、キツネさんが死んじゃった」

恭平
「終わった……
 これでようやく、星陵高原の未来は救われた……」

キツネ
「ぬぬんっ、ワチ不死鳥!」

 すすすぅーーっ

キツネ
「天狐は涙を流せる星追い神吏じゃ。
 入寂するには、まだまだはやいわ!」

恭平
「言わんとしている事はサッパリ分からないが、
 キツネは、そこはかとなく怒りながらも、自慢話をしていないか?」

キツネ
「当たり前じゃ! このこんてんつは神社探訪じゃ
 洋館ばかりでは、体裁をなさぬ!」

彗佳
「よ、羊羹は洋館で食べなはれ」

キツネ&恭平
「「………(ブルブルブル、がくがくがく)」」

 …………。
 ……。
 …………。

   

恭平
「五社中尾神社。
 町外れにある、一風変わった社だ。
 どうしてここを選んだか分かるか?」

キツネ
「ふむぅ、あいにくの曇天じゃが、境内には柔らくあたたかな神気に満ちておる。
 ……んむ? ほっほっほー、なるほどのぅ、かつては学舎であったか」

彗佳
「あ、あの……」

恭平
「ああ、お寺と同じく、神社も学校として使われてたんだ。
 もっとも、俺が生まれた頃には、少し離れた場所に立派な校舎が建てられ、児童はそっちに移ったがな。
 キツネは、当時の気配を感じられるんだな。羨ましいぞ」

キツネ
「てひひひ、チビスケには、もう一つ理由があろう?」

彗佳
「え、ええっとね……」

恭平
「そうとも、ここは江戸時代まで神明社と呼ばれてた。
 それを念頭に置いて、社殿を覗いてみろ」

   

キツネ
「神明造り……伊勢神宮の形式をもとに、社殿が造営されておるのぅ。
 あちらは天狐のように唯一神明。そのまま真似るのは御法度じゃが、模倣は構わぬ」

彗佳
「お兄ちゃん、キツネさん、彗佳をフォローして〜っ」

キツネ
「チビッコよ、もうよいのじゃ……。
 たとえるなら、『あるぜんちん人にも、あるぜチン●ン』なのじゃ……」

彗佳
「ち、ちがうもん!  ねえ、彗佳も神社を探検すれば、仲間にいれてもらえるの? お兄ちゃん」

恭平
「いや、除け者にしてるわけでは―――」

彗佳
「あ、あれ?  あっち……隅っこの林の中にお稲荷さんが隠れてるよ」

 

彗佳
「えへへへ、お兄ちゃん解説して」

恭平
「な、なんだこれ? 玉垣の外側にポツンと鎮ってる」

キツネ
「本殿に対して北西じゃと?
 鬼門除けの稲荷でも無さそうじゃのぅ。はて……」

彗佳
「わ、分からないの?」

恭平
「ヘイ、キツネ!」

キツネ
「応、チビスケッ」

 どろろーん

   

キツネ
「ほーむせんたーの駐車場のすみっこにある、
 めっちゃ小さい加古川大神宮じゃ」

恭平
「こりゃ凄い。
 伊勢神宮正殿に、より近い姿をしている」

彗佳
「スルーした……!?
 二人とも酷いよ。今回は彗佳がゲストなのに」

恭平
「そ、そうだったな。
 それじゃ、お菓子づくり好きな義妹のために、とっておきの社を紹介しよう」

 てくてくてく

   

恭平
「鶴林寺行者堂だ。
 どうだ?」

彗佳
「ど、どうって……」

キツネ
「ほっほっほー、仏教の聖地を守護すべく建てられた日吉神社じゃな」

彗佳
「??? お菓子の仏様なの?」

恭平
「そうじゃない、よく見てごらん。このお堂は正面が春日造、背面が入母屋作りだ。
 既成概念にとらわれず、異なる様式を見事に融合させている。
 料理の進化に通じるものがあるじゃないか」

キツネ
「強引なうえに、理屈っぽい解釈じゃのぅ。
 チビスケとチビッコは、幼き日々を共に過ごした。
 そして、義妹が義兄のために菓子を手作りし、共に遊んだ。
 ならば、あそこが相応しい。ついて参れ!」

 どろろーん

   

キツネ
「有野須佐男神―――
 ぶみぃ!? なんという事じゃ、本殿が解体されておるっっ」

恭平
「これはこれで貴重だ。
 積まれた建材から推すに、木造鉄板葺の鞘堂のなかに、本殿が据えられてたらしいな」

キツネ
「まにあっくな感心の仕方をするでないわ!
 ワチは、ここで行われておる『百度駆』をチビッコに見せたかったのじゃ」

彗佳
「百度駆? 鬼ごっこするの? 境内は結構ひろいね」

キツネ
「んむ!
 祭礼当日に、氏子がお菓子を持参して神前に供え、夕刻になれば子供たちに分け与えるのじゃ」

彗佳
「あ……! 学校が終わってお家に帰ってくる時間帯だね」

キツネ
「然り。
 鳥居前の百度石にところに子供達が集まり、本殿では宮守が菓子を抱えて待つ。
 そして声を掛けると、子供達が走り寄ってくる。
 宮守は少しずつ菓子を分け与え、無くなるまで駆けっこを繰り返すのじゃ」

恭平
「面白いな。
 だが境内は山深く、木々に囲まれてるぞ? 季節によっちゃすぐに陽が沈んで真っ暗けだ。
 滑って転んで怪我をしないか?」

キツネ
「心配要らぬ。
 『百度駆』は『百灯掛け』じゃ。提灯と灯明をともしておる」

恭平
「そうか、お祭りだもんな」

彗佳
「ありがとう、キツネさん。
 いまは建て直してる真っ最中だけど、往時を思い描くと楽しいよ」

キツネ
「え、ええ子じゃ! どこぞの偏屈チビスケとは大違いじゃ」

恭平
「む……。
 待て。偲ぶなら、もう一ヶ所おすすめがある。
 麓まで下れば―――」

   

恭平
「塩谷若宮神社だ」

彗佳
「わあー……お社が完全に更地になっちゃってるね。
 だけど何でかな? 清々しい感じがするよ」

キツネ
「清めの盛砂があるよってにな。神の依代には、これで充分じゃ。
 チビスケが言う通り、社殿は人の為に建っておるのであろう」

恭平
「この神域にはいつも海風が吹く。
 大阪湾と明石海峡が一望できる、いい眺めだ。
 ……ちなみにお菓子はまったく関係ない」

彗佳
「え?」

キツネ
「んむ、菓子ではなくあもじゃ。
 明石と言えばアナゴが美味、じゅるり……」

恭平
「ちがう、近代建築だ、旧ジョネス邸だ!」

彗佳
「ど、どこどこ?」

恭平
「ほら、あそこだ」

 

彗佳
「あ、あんな遠く……普通なら見逃すのに。
 お兄ちゃん、あれが見たくて、わざとここへお参りしたんじゃ?」

恭平
「わ、わーい、わーい」

キツネ
「図星のようじゃの」

   

恭平
「潮風に晒されて、痛みが激しい。
 入口は特にひどく、無骨な補強がなされている」

キツネ
「小難しく憂いておるが、ただ見物したかっただけじゃろう?
 まったく、今回はチビスケに振り回されっぱなしじゃ。
 かくなる上は―――」

 どろろーん

   

キツネ
「ワチがトリを勤めてこそ、神社探訪と言えよう。
 しめは中島惣社じゃ」

恭平
「その心は?」

キツネ
「このデレスケめ。アナゴとくれば、中島ではないか」

恭平
「安易な……。
 だがよし、一応つながってる。名物のアナゴを食べに行こう」

彗佳
「駄目だってば、二人とも。
 お菓子やゴハンなんだよ? もうひとつ大切なものがあるんだから」

 てくてくてく

   

彗佳
「はい、歯神社!
 虫歯予防と歯痛に御利益があるんだって。
 ここでお参りしてから、たくさん食べようね」

恭平
「おおっ、迷走していた探訪が、綺麗にまとまったな」

キツネ
「素ボケでありつつ、しっかり者じゃからな、チビッコは。
 じゃが、ここに祀られておるのは農耕神。
 『歯』はもともと『波』であり、河川決壊の歯止めに由来しておる」

恭平
「野暮なウンチクは無しだ。
 素直に祈って、食べ歩こう」

キツネ
「チビスケに言われとぉないわっっ」

 ちゃり〜ん
        ぱんぱん


彗佳
「今度はお兄ちゃんと二人で、神社探訪できますように」

キツネ
「天下万民がワチを崇めてくれますように」

恭平
「歯と関係ないじゃないか、どっちも……」


♪知ってる神社を〜、歩いてみたら〜
          ♪一子が一度も、出て来てないよ〜〜

 ………………。
 …………。
 ……。
 続く?



かいたひと/しゃしん:中本穂積


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