今よりちょっと昔。人間界の真央の部屋。朝、起床
《ワハハ! 愚民共め! ワハハ!愚民どもめ!》
「ほ~らぁ~っ、朝だよ~っ、真~央~っ!」
サッとカーテンを開くと、眩しい朝の日差しが部屋中に差し込んでくる。
雲ひとつない、いいお天気。
ぽかぽかしたお日様の光を浴びてると、今日も一日頑張ろうって気力が充実してくる。
「ぐー……ぐー……ぐー……ぐー」
「もぉ! さっさと起きなさいよ、このねぼすけっ!」
そんな爽やかな朝にも関わらず、一向に起きる気配のない真央(バカタレ)に苛立ち、ガバッと勢いよく布団を剥ぎ取ってやった。
「あー……まだ眠ぃーよぉ……もうちょい寝かせてくれー……」
「ダメに決まってるでしょ! 学校、遅刻するわよ」
相変わらず、すぐに起きないんだから、もぉ。きっとまた、夜遅くまでゲームでもしてたんだろーけど。
《ワハハ! 愚民共め! ワハハ!愚民どもめ!》
「あー、もー、うっさいっ!」
45度の角度でチョップを入れ、鳴り続ける目覚まし時計を黙らせる。この目覚まし、少し前から故障してて、こうしないと止まらないんだよね。
買い替えなさいよって何度も言ってるのに、コイツ、人の言う事、全然聞かないし。
だいたい、『愚民共』ってなんなのよ?趣味悪すぎでしょーが。
「うぅ……かったりー……今日、ガッコ休むー……」
「なに勝手言ってんのよ、このおバカ!」
「あ、ほら、確か今日、開校記念日じゃん! だから、学校休みだわ~」
「そんなワケあるかっ! 開校記念日は先月だったでしょーが」
「そんじゃ、閉校記念日ってことで……」
「勝手に学校を潰すんじゃないのっ!」
まったく、もぉー。どうあっても起きないってゆーなら、最終手段に訴えるしかないわね……。
「いいから、さっさと起きなさーいっ!」
マットレスに手をかけると、気合を入れて、思い切り手前に引っ張ってやる。
「どっせーいっ!!!」
「ぎゃあああああっ!?」
ゴロゴロっと床に転げ落ちた真央を見下ろし、ぴしっと指を突きつけ宣告する。
「五分で支度して、下、降りてきなさい。遅れたら、アンタは朝ゴハン抜きっ!」
「……ったくぅ~、なんつー起こし方すんだよ~、ヒデェ幼なじみだ~」
「すぐに起きないアンタが悪い! 分かったら、とっと着替えて顔洗うっ!」
「わーったよ……はぁ……よいしょー」
「こぉ~らぁっ! 女の子の前でいきなりズボン脱ぐな~っ!」
ホント最低。なんで、こんなのが幼なじみなんだろ?
神サマを呪いたい気分になってくるよ……
人間界。木暮家のダイニング。朝食風景
「今日も元気だ、ごはんがうまい! 優希ちゃん、おかわりっ!」
「おじさん、もう三杯目ですよ。大丈夫ですか?」
「優希ちゃんのゴハン美味しいから、おじさん、何杯だっていけちゃう!」
「あははっ、おじさんってば、おだて上手だなぁ~」
自分の作ったゴハンを美味しそうに食べてくれるのを見るのはやっぱり嬉しい。
私はニコニコしながら、おじさん……真央のお父さんが差し出したお茶碗を受け取り、こんもりとホカホカのご飯を、よそってあげる。
「はい、メガ盛りお待ち~♪」
「100メガショック! 頂きマンモスっ!」
「優希、優希っ、俺もおかわりっ! ギガ盛りな! ギガ盛りっ!」
「アンタは、何、おじさんに対抗してんのよ……」
「そうだぞ息子よ、父に挑むには、お前はまだまだ小物だ」
「なんで、俺の股間を見て言ってんだー!」
「左曲がりのダンディーと呼ばれたワシに比べるとまだまだよのぅ」
「アンタのは左に曲がってんのかよ!?」
「おぉ、そうだとも。なぁ? まーちゃん」
「ええ。おかげで、いつも彦くんので左側ばっかり責められて……私、もう……」
「息子の前でのエロネタ自重しろよっ!」
「あ、あははは……」
さすがにコレは、私も顔が赤くなってしまう。真央のおじさんとおばさんは、彦左衛門とまりあっていうお互いの名前を、『彦くん』、『まーちゃん』と呼び合って、いっつもラブラブだ。
おまけに、今みたいに、私たちの前でも平気でイチャイチャしちゃう。
仲がいいのは羨ましいとは思うけど、やっぱり、そーゆーのは困りもんだよねぇ。
「でもさ、優希、お前もメシ作んの上手くなったよなー」
「……そうだね、初めはホント酷かったからなぁ、私の料理」
真央の言葉に、私はふっと昔のことを思い出す。
――初めて作った料理は、たしか、卵焼きだったっけ。
お互いの両親が、用事で出かけてて、真央とふたりだけで、留守番してた時のことだったよね。
私ん家(わたしんち)に真央が遊びに来て、夕方一緒にTVを見てたら、たまたまやってたお料理番組で、美味しそうな玉子焼きを作ってた。
それを見た真央が『あれ食べたい!ゆーき作って!』とか言い出して。
私も料理なんかしたこともないのに、『うんっ、まかせてっ!』とか言っちゃったりしてね。
……でも、その結果は散々だった。砂糖と塩は間違えるし、卵の殻が中に入っちゃってたし、おまけに火が強すぎて卵が黒コゲになっちゃった。
初めての料理だったから、そりゃあ、しょうがないって、思うとこもあるけど。
でも、そんな明らかな失敗作を、真央は、『しょっぱくてシャリシャリして、うめー』とか言って、夢中で食べてくれたんだよね……。
ま、コイツはアホだから、何を出しても、パクパク食べちゃうのかもしれないけどさ。
「何ニヤニヤしてんだよ、優希?」
「なんでもないわよ。ほら、ギガ盛りお待ち~♪」
「おおぅ! まさに白い巨塔! メシがそそり立ってるぜ~」
……だけど、こんな風に素直に喜んでくれる真央を見てると、自然に頬が緩んじゃう。
あれから頑張って料理の勉強したのも、初めは『真央を驚かせたい』って気持ちからだったけど、
結局は、真央が私の作ったゴハンを食べて、『おいしい』って笑顔で言ってくれるのが嬉しかったからなんだろうね。
「くぅ~、真央のヤツめぇ~。優希ちゃん、ワシもおかわりっ! テラ盛りでよろしく! テラ盛りでっ!」
「うっわ! 大人げねぇ~、息子に対抗意識燃やしてんじゃねーよ、オヤジっ!」
「今日は狩場で、ボスが沸くのを一日中待つ予定だから、今のうちに食い溜めしとくだけだっ!」
「働けよっ!?」
「彦く~ん。ゲームばかりしてちゃダメよ~、私のこともかまってくれなきゃ、イ・ヤっ♪」
「うんわかった! ネトゲしながら、ま~ちゃんとイチャイチャする~♪」
「彦くーんっ♪ ちゅっ♥」
「ま~ちゃ~んっ♪ ちゅっ♥」
「こらこらっ! 人前でちゅっちゅちゅっちゅしてんじゃねーよっ、このバカ夫婦がーっ!」
「マイ・サンよ、ワシらは今、第二の青春、真っ盛りなんだよっ♪」
「そうよ、真央。恋する気持ちは、何より素敵な宝物なのよ~♪」
「ねぇ、あなたたちってば、俺に対する扶養責任、放棄しちゃってますよね?」
「大丈夫~、大丈夫~、あなたには優希ちゃんがいるじゃない、真央」
「えっ!? わ、私ですかっ!?」
えーと……そんな風に、責任をこっちに投げられても困っちゃうんだけどなぁ。
「優希ーっ、親に捨てられたよーっ!」
「あー、ほらほら。もぉー、しょーがないなぁ……」
飛び付いてきた真央の背中を、ポンポンと軽く叩いてあやす。
しっかし、コイツの、こう、すぐに人に甘えるクセ。ホント何とかしなきゃだわ。
いままで私が甘やかしすぎたのが原因なのかもしれないけど……。
このままじゃ、一生ひとり立ちとか出来そうもないよ。
「俺の味方は優希だけだっ! だから、俺を見捨てないでくれ~っ!」
「わかったわかった。ちゃんと私が面倒みてあげるから。安心しなさい」
「優希~っ、お前、マジでいいヤツだわ」
「はいはい、おせーじはいいから……」
あーあ……結局、また甘やかしちゃったよ。私の悪いクセだなぁ、コレ。
でもさ、ほっとけないもん、コイツのこと。今まで、ずっと一緒に育ってきた幼なじみだし。
なんたって、私は、コイツの……真央の、“お姉ちゃん”なんだから。
現在。真央の住むバラック。朝、起床
「……とまぁ、人間界(むこう)ではこーゆー感じだったワケ」
「ケーっ! 心底ダメ男だな、このボンクラはー」
私の話を聞き終えたカボチャくん……アンちゃんは、吐き捨てるように、そう言った。
あはは、ダメ男ってのは否定できないのは確かだよね。人間界(あっち)にいた時も、よく、友達から、『大変だね~優希』って同情されたっけ。
「もぉ、アンちゃん、真央様に失礼な事を言ってはダメですよ」
困ったように眉を下げて、アンちゃんを嗜めたのはリュアナ。
私と真央のクラスメイトの女のコで、なんでも、こっちの世界で真央の面倒を見るように言われているらしい。
「Zzz……Zzz……」
「アホ面引っさげて、居眠りこきやがって。こんなんがホントに魔王なんてもんになれんのかねぇ~」
今だノンキにベッドで寝息を立てている真央を眺めて、アンちゃんが毒づいた。
「真央様は、必ず魔王になって下さります! 私、信じてますからっ!」
「裏切られて泣きをみなきゃ、いいがなー、ケケケっ」
「アンちゃんっ!」
それを必死になってリュアナが否定する。
この子は、真央を『魔王』様ってのにしようと、いつも一生懸命だ。真央のコト、すごく信頼してるみたい。
その一途ないじらしさは、同じ女のコの私の目から見ても、すごく可愛く思える。
もし、私が男の子だったら、『お嫁さんにしたい』って思うんだろーな、きっと。
ホント、なんで、こんないいコが、真央なんかに入れ込んでんのか、不思議でしょうがないよ。
「んぅー……ぐー……すー」
「ふふふっ……真央様、とても心地良さそうに、お休みになってます」
「バカみてーに大口開けやがって。ガムテープで塞いでやりたくなるぜ」
「だ、ダメですよっ、アンちゃんっ!」
「チッ! アホの面見てたらイライラしてきた。リュアナ、優希、俺は先いくぜ」
「あ、はい、また後で、アンちゃん」
「私たちも、もうすぐしたら行くから」
「あんま、このトーヘンボクを甘やかすんじゃねーぞ、ふたりとも」
捨てゼリフを残すと、ふわふわと宙を飛んで出ていくアンちゃん。
いい加減、三界(こっち)にも慣れはしたけど、カボチャの人形が空を飛んでるのは、やっぱりちょっと不思議な光景だ。
改めて考えてみれば、そんなワケの分かんない世界に、いきなり飛びこんできちゃった、私も私だけど。
……でも、あの時は必死だった。
突然、真央が私の前からいなくなっちゃった時、すごく悲しくて、寂しくて、すぐに後、追っかけなきゃって思って、おじさんとおばさんにお願いした。
『私も真央と同じ世界にいきたい』って。危険な所だからって止められたけど、それでも私は、自分の気持ちを抑えられなかった。
『真央のそばにいかなきゃ』っていう、強い気持ちを。これってなんなんだろう?
使命感? 義務感? ……自分でもよく分からない。でも、黙ってじっとしてられなかったのは、確かなんだ。
「く~……ふふっ……ふふふっ……す~」
「楽しそうなお顔をされてます。なにか楽しい夢をご覧になっているんですね、うふふっ」
「ノンキなもんよね~、コイツは~」
……まったく、人にさんざん心配かけといて。文句のひとつでも言いたくなるわよ。
「……ふふふっ……」
そんな私の憂鬱な気持ちとは反対に、リュアナは、心から愛しそうな眼差しで眠る真央を見つめてる。
どうしょもないおバカな真央(こいつ)も、このコの目にはカッコイイ王子様にでも見えてるんだろうな、きっと。
「んぅ……リュアナー……好きだー……」
「ちょっ!?」
「ままままっ、真央さまっ!?」
寝言とはいえ、なんてこと言ってんのよ、コイツはっ!
「す、好きって……そんな……そんなぁ」
あーあー、リュアナってば、顔真っ赤にしちゃって。恋する乙女って感じだ。
好きな男の子なんていない私にとっては、よく分からない感覚なんだけど。
うーん、そういえば、私だって年頃の女のコなんだよねぇ。それなのに恋のひとつもしたことないなんて……。なんかちょっと負けた気分。
うー、それもこれも真央のバカタレが、私に面倒かけ過ぎるせいなんだ。そーゆーコトにしとこう、うん。
「すぅ……優希も……好きだぞー……」
「ふぇ?」
「まままままっ、真央っ!?」
バカバカおバカっ! なんつーコト言ってのよっ! コイツはっ。寝言とはいえビックリするじゃないのっ!
どうせ寝ぼけて言っただけなんだろうけど。ちょっとだけ、ドキっとしたじゃない……。
「ふひひ……ふたりまとめて……俺の……ヨメー……」
「……なるほど、そういうオチね……」
頬がひくつくのを覚える。そうだった。こいつはこーゆーヤツだったわ。ちょっとでも妙な気分になった、私が馬鹿でしたっ!
そんなムカムカをぶつけるように、すっと立ち上がった私は、真央(おバカ)が寝てるベッドのマットレスを勢いよく手前に引っ張てやる。
「どっせーいっ!!!」
「うあああああっ!?」
悲鳴をあげた真央が、ゴロゴロっと床に転げ落ちる。あはは、いい気味だわ。
だいたい、こんなヤツに、ドキドキしてどうすんのよ。
例え、他のコにとっては王子様だったとしても、私にとっての真央(コイツ)は、甘ったれで、だらしなくて、手のかかる……“腐れ縁の幼なじみ”にすぎないんだから。
To Be Continued.