教室。ある日の午後、授業中
「むかし、むかし、あるところにかみさまがいました」
「えらくまた漠然といる(傍点)んだな」
「まずはじめにかみさまはまっくらだったせかいをあかるくしました」
「選挙ポスターのフレーズみたい」
「それからかみさまはじめんをつくってそれをみっつにわけました」
「埋め立て地の区画整理?」
「そしてさいごにそこにすむいきものをつくりました」
「宅地分譲開始?」
「つか、それってマッチポンプじゃね?」
「も〜も〜も〜!!」
優希とふたりで思ったままを口に出していたらディーネ先生が喚きだした。
「静かに聞いてくれなきゃ、だめなんです〜!」
「あ、すいません」
頭は下げたものの、ぶんぶんと腕を振り回す彼女の姿に教師の威厳はまるで感じられない。
「せ〜っかく転校生の木暮くんと佐倉さんのためにおさらいしてあげてるのに〜」
「そりゃどうもありがとうございますなんですが」
俺はこめかみを掻きつつうやむやな会釈。隣の優希のヤツも似たよな表情だ。
「この『三界史』はトリニアス学園でいちばん大切な授業なんですから〜」
先生は口を尖らす。
とはいえ異世界の歴史なんか厨二病小説のオリジナル設定聞かされてるのと変わらんからなぁ。
「しっかりお勉強して、クラスの皆さんに早く追いついて下さいね〜」
「はぁ」
先生はにっこり笑って励ましてくれるけど、俺たちは生返事。
「『落ちこぼれを作らない』が、先生の授業のモットーなのです〜」
ディーネ先生は自ら教育方針を触れ込むと再び黒板へと向き直り、
「かみさまは――」
と、相変わらずのざっくりした創世記を続けた。
「なぁ、ここの授業っていつもこんな感じなのか?」
俺は優希の逆隣で熱心にノートを取っているリュアナに声をかけた。
つかこの授業内容でノートの必要あるのか?
「はい。ディーネ先生の授業は分かりやすいと評判なんですよ」
と、ノートから顔を上げてにこやかに答えるリュアナ。
「分かりやすいっていうか、噛み砕かれすぎて内容がなくなってるけどな」
「絵本読んでもらってるみたい」
「じゃあさ、じゃあさ、人間界(そっち)の授業ってどんなの?」
後ろの席に座っていたチマが身を乗り出してきた。
「チョー厳しいぞ。人間界(あっち)は偏差値社会だからな」
「へんさち?」
「自分がどんくらいバカか、はっきり数字に出されるんだよ」
「ぎゃあ〜それはいやだ〜」
「あ、バカの自覚はあるんだ?」
「アリッサ〜!」
チマに突っ込んだのは前の席のアリッサ。
「で、コグレって、向こうじゃ成績どうだったの?」
「ま、そのことはいいじゃないか。それよりつめこみ教育の弊害の話をしよう」
「何がつめこみよ。あんたはひとり『ゆとり教育』だったじゃない」
「何をっ!」
「あの、ゆとり教育ってなんですか?」
と、リュアナ。
「まぁ意訳すれば『おバカ』?」
「き、君ぃ! ご、誤解を招く発言は慎みたまえ!」
「なか〜ま〜〜('A`)人('A`)」
「こらっ、襟を引っ張るな! そっちに引きずり込むなっ!」
「友達出来てよかったな、ゆとり」
「ゆとりって言うなっ!」
「ケケケ♪」
頭の上にふわふわとアンゴルモアが流れてきた。なんでカボチャまで授業を受けてんだ。
「あっちの授業じゃ少なくとも神様なんて出てこないわよ」
「えっ! そうなんですか?」
俺の机越しに優希と話していたリュアナがペンを取り落とした。
「じゃ、何、勉強してんの?」
アリッサが椅子を180度回して本格的に話に入ってきた。
「そ〜ね、江戸幕府の歴代将軍の名前をひたすら覚えさせられたりとか?」
「コグレ、ショーグンってな〜に?」
「あのね、昔のえらい人だよ、チマ」
頭悪そうな質問に頭悪そうな回答。
「王様のこと?」
「ん〜厳密には違うんだけど、まぁそれでいいわ。覚えるの大変なのよ? 15人もいるんだから」
「ケケッ、魔王は257人いるぜ? ちなみに聖王は248代、獣王は262代続いてるからな」
「そんなにいるのっ!?」
「三王が立てられるようになって優に5000年は経ってるからな」
「5000年!?」
「おいおい、こんな授業の調子じゃいつ現代に辿り着くんだよ……」
「もしかしてその王様の名前、全部覚えなきゃいけないわけ?」
「リュアナは覚えてるのか?」
「全部なんてとてもムリです」
リュアナは慌てて首を振った。
「わたしなんて半分くらいです」
「半分でもすげ〜よ!」
がっくりだ。こっち全然ぬるくね〜!
「センシアさんとかなら全部覚えてそうだけどね」
センシア――魔王候補の筆頭。
アリッサに言われて、ちらっとクラス最後尾の彼女の席を振り返る。
目が合ってしまい、訝しげな顔をされる。俺、思わずへらへら。
「……ダメだ、強敵すぎるよ、ライバル」
更にがっくりだ。だが俺は最後のボックスに期待をかける
「アリッサ、チマ、お前たち何人言えるんだ?」
「センシアさん、エスト……あとエヴァンさん?」
アリッサクンノオコタエー! それは候補だ。俺が入ってないのはこの際気にすまい。
「マオキチ! セイヤ! ジュウジ!」
チマクンノオコタエー。でたらめにも程がある。しかも何その自信?
しかしパンドラ! 希望が残った!
「アリッサ、チマ、お前たちとなら歌手デビューが出来そうだ」
「おう! 歌は得意だかんねっ!」
胸を張るチマ。たぶん勘違いしてるが、あえて説明は避ける。
「真央、真央っ!」
「んあ?」
優希に袖を引っ張られ、机に向き直る。
「しくしくしくしくしく……」
「あ……」
教壇ではディーネ先生が瞳一杯に涙を溜めながら肩を震わせていた。
「先生の授業……つまんないですか?」
「い、いえ、そういうわけじゃないんですけど……」
「先生、しっかりしてください!」
たまらず委員長が立ち上がる。
「そしてあなたたち! 授業を聞く気がないなら教室を出て行って下さい!」
「わ〜い♪」「やっほ〜♪」
「こらこら!」
早速飛び出して行こうとするチマとアリッサの制服の裾を捕まえる。
「誰もお話を聞いてくれない。席は勝手に立つ。このままじゃ学級崩壊です〜」
顔を手のひらで覆い、さめざめと泣く先生。さすがに悪いことをしたような気になってくる。
「ごめんなさい、ちゃんとお話聞きますから。もう騒いだりしませんから」
優希も同じ気持ちなようで、席から立ってぺこりと頭を下げる。
「あ、俺も聞きます」
俺も慌ててそれに追随させてもらう。
「えぐっえぐっ……ほんとうですか?」
「は、はい」
「そんなことを言ってまたふらふらと教室の中を飛びまわったりしませんか?」
「それはコイツ!」
俺の頭の上でのんきに浮かんでるアンゴルモアを捕まえてやろうと手を伸ばすが、するりとかわされる。
「アンちゃん?」
「ケケケッ♪」
リュアナが嗜めると、アンゴルモアは席の方に漂っていく。反省の様子は皆無だが。
「黒板に背中を向けて、後ろの席の人とおしゃべりしたりしませんか?」
……………。
「アリッサ、お前いつまでこっち向いてんだよ?」
「およ?」
肩を掴んでぐるんと前を向かせる。
「授業についてこれないくらい、おバカだったりしませんか」
「コイツ!」「こいつ!」
チマと俺の指先のクロスカウンターが完成。
「とにかく! マジメに受けますからぜひ授業を続けてください」
優希がもう一度深々と頭を下げる。
「……ほんとうですか?」
「ディーネ先生、勉強が……したいです」
どっかで聞いたようなセリフだな。
「……佐倉さん、あなたそこまでこの三界史の授業が?」
「はい」
「分かりました、先生、授業続けます!
あなたたちのために!」
「先生!」
「う、ううう……」
委員長もらい泣き。
……なんだこれ?
「授業を続けます〜」
何事もなかったように晴れやかな表情に戻ったディーネ先生が授業の再開を宣言する。
「――けんかばかりしていたちじょうのひとびとをなかなおりさせるため、かみさまがてをさしのべます」
知らないうちにえらく話が進んでるな。
「さて。ここからぐっと盛り上がってきますよ〜。先生ちょっと気合を入れておはなししちゃいますからね〜!」
ぱちぱちぱち。俺と優希は乾いた拍手。
「……こほん」
ディーネ先生はゆっくりと一息つくと唇にこぶしを当てて、小さく咳払い。えらくもったいぶるな……。
「――数千の戦旗、風に哮(たけ)り、数万の鉄槍、天を衝く。
三界の中央トリニアスの平野を挟み、天界、魔界、獣人界の軍勢が互いを睥睨(へいげい)す。
唯我独尊、不倶戴天、我が一族こそ、世界全てを統べるに相応しかるべしと鼎峙(ていじ)せん」
……あれっ?
三界の歴史。むかしむかし
神が世界を創造してから千年。民はそれぞれの世界に満ちた。
始まりの500年、三界は平和であった。神の創った世界は広大であり、人々は十分な土地を持っていたからである。
魔力に満ちた暗き地『魔界』に住まう者たちは混沌と変化を好み、光輝く聖なる地『天界』に居する者たちは秩序と安定を目指した。また緑の溢れる豊饒の地『獣人界』に生きるのは力を求める強き民であった。
続く500年は争いの時代となった。伸ばされた腕が互いの頬に触れるようになったからである。
世界の境の小さな戦火が、いつしか三界を巻き込む大きな戦渦となった。長い間、戦いは幾度となく繰り返された。多くの戦費が費やされ、多くの命が失われた。
しかし何れの戦いも決着を見る事はなかった。勝者は無く、全ての者が敗者となった。争いのために力を蓄えては、争いによってそれを浪費した。三界の民には互いを貫く剣はあっても、互いを理解するための言葉がなかったのである。
これを見て神はおおいに嘆いた。しかし神は三界の民の内に正しき者たちの在ることも知っていた。彼らは心清く、知恵と勇気に優れた者たちであった。神は彼らを深く愛した。神は彼らのもとに御使いを遣わした。御使いは空色の髪をした美しい女の姿をしていた。御使いは神の言葉と魔法の品を携え、三界を巡った。
最初に御使いは魔界に下りた。魔界には智謀に長けた青年がいた。御使いは青年に神の言葉を伝え、漆黒のマントを与えた。そのマントは身に着けた者を瞬きの間にどこでも望む場所へと運ぶことが出来た。青年は神の言葉に従い魔界の王となり、戦を鎮めることを誓った。
次に御使いは天界に下りた。天界には気高い徳を備えた少女がいた。御使いは少女に神の言葉を伝え、純白の甲冑を与えた。その甲冑を身に着けた者はどんな刃からも傷つけられることはなかった。少女は神の言葉に従い、天界の王になり、世を治めることを誓った。
最後に御使いは獣人界に下りた。獣人界には何事にも屈することのない勇気を持つ男がいた。御使いは男に神の言葉を伝えた。御使いは男には何も与えなかったが、御使いが男の身体に触れると、男はどんな鉄もどんな岩も打ち砕く力を手に入れた。男は神の言葉に従い、獣人界の王になり、三界を護ることを誓った。
三人の若き王たちは神から賜った力と共にトリニアス平原を目指した。折りしも平原では三界の軍勢が対峙していた。若き王たちは軍勢の前に立ちはだかった。
魔界の軍勢は青年に激しく炎や雷を浴びせかけた。しかし漆黒のマントを身に着けた彼に届くことはなかった。青年はマントの力で軍勢の中心へと飛び込み、司令官の襟を掴むと遥か祖国の城まで帰してしまった。魔界の軍勢は統率を失い、その場に立ち尽くした。
天界の軍勢は少女に無数の槍や矢を浴びせかけた。しかし純白の甲冑を身に着けた彼女に毛ほどの傷も負わせることは出来なかった。少女は甲冑の力で軍勢の中央まで進み、司令官の剣を真っ二つに折ってしまった。天界の軍勢は戦意を失い、その場にひれ伏した。
獣人界の軍勢は男に夥しい数の岩や礫を浴びせかけた。しかし男の拳は全ての岩を打ち砕いた。男は己の力で軍勢の中心まで進み、司令官の陣地を粉々に叩き壊してしまった。獣人界の軍勢は勇気を失い、その場に泣き崩れた。
若い王たちは軍勢を治めると平原の中央に歩み出て手を取り合った。するとそこに再び御使いが現れて彼らを祝福した。彼らはお互いの言葉を理解出来るようになった。
やがて軍勢はそれぞれの世界へと退いた。三界の民は喜び、彼らを王として迎え入れた。王は民に言葉を伝え、三界に争いは無くなった。
これを見て神はおおいに満足したが、さらにもう一度御使いを地上へと遣わした。
御使いはトリニアス平原の上空に学び舎を建て、三界の王にこれから王はこの学び舎での試練を潜り抜けた者を選ぶようにと伝えた。これがトリニアス学園の起源である。
再び教室。ある日の午後、授業中
「まーじーでー!?」
俺と優希は揃って声を上げてしまった。
「この学校って創立5000周年!?」
優希のやつは急にそわそわして教室のあちこちをしげしげ眺めだした。
「あの……この校舎はわたしたちが入る前に建てなおされたものなんです」
なぜか申し分けなさそうなリュアナ。
「な〜んだ」
「当たり前だろ、そんな遺跡みたいな校舎、怖くて使えるか」
「だって〜」
「でもちょっと面白かったよな。歴史っていうか映画みたいで」
「うん、そうだね。こんな授業ならもっと聞きたいな。ね、ディーネ先生?」
「……あれ?」
返事がない。
「むかし……むかし…ぐぅぐぅ……」
「って、寝てるし! またこのパターンかよ!」
「さて自習、自習っと♪」
「ねぇねぇ、アリッサ、学食行こう〜」
「先生、起きてください! チマさん!まだ授業中ですよ!」
これまたいつものパターン。
「なんていうか、学級崩壊の一番の原因になってるのって……」
「だよなぁ」
俺と優希は安らかな寝息を立てる担任教師をため息をついて眺める。
「ま、いいか、平和で」
『神、そらに知ろしめす。すべて世は事も無し……?』
To Be Continued.